SNS担当🦌の1週間連続日記 2日目
- bestlabstation
- 4月17日
- 読了時間: 4分
〜閲覧数4という現実と、春に潜む見えない圧の話〜
昨日の投稿でも特に宣言していないのに、なぜか始まったこの企画。
「1週間連続日記」2日目です。
まずは恒例(にしていく予定)の閲覧数チェックから。
どれどれ👀

……4!?
……4。思っていたより、だいぶ現実的で、だいぶ希望がある数字。
内訳は冷静に分析済みです。
1は間違いなく私🦌。ここはブレません。投稿したら見返す、これはもはや職業病。
つまり残りは3。3人が、何らかの理由でこの文章に触れたという事実。
これは大きい。
大げさじゃなく、ちゃんと嬉しいやつです。
うれCを超えてうれU。いやもうここは、うれΩ(オメガ)でいいでしょう。
もしかすると一瞬で閉じられているかもしれない。でも、その一瞬の選択の中に自分の文章が紛れ込んだこと、それ自体に価値がある。
そういうことにしておきます。精神衛生上。
さて、本日の日記のテーマです。
「春になると、春が好きな人でもなんか鬱々とした気分になるよね。なるよね?なるよね!?なるよね!!なるんだよ!!!!」
少し圧が強くなりましたが、これは割と本音です。
春って、世間的にはやたらとポジティブな文脈で語られます。
「始まりの季節」「出会いの季節」「希望の象徴」などなど。
言っていることは間違っていない。むしろ全部正しい。
ただ、その裏で。
理由もなく気分が沈む日がある。なんとなく気持ちが重い。別に何かあったわけじゃないのに、やる気が出ない。
この“なんとなく”が、地味に厄介。
原因がはっきりしていれば対処できるのに、春はふわっとした顔でコンディションを崩しにくる。
なので私は、この時期になると意識的に持ち出すマインドセットがあります。
まずひとつ目。
「まぁ私、スーパーマン🦸♂️じゃないから、そんなことにもなるわな」
ここで一瞬、言葉選びにツッコミが入ります。女なのにスーパーマンてどうなん、という問題。
たぶんどこかから「そこはスーパーヒロインでは?」という勘違いフェミニストからのお叱り声が聞こえてきそうですが、今はそこを精査している場合ではないので、そのまま進みます。(注 私はフェミニストだから、フェミニストそれ自体の発言に違和感があるんじゃなくて、その概念を勘違いしてるヤツって文脈ね!…どう書いてもカド立つよね笑)
大事なのは中身。
完璧でいようとする前提を、少し下げること。
「こんなことで落ち込む自分はダメだ」と考えるよりも、「そりゃ落ち込む日もある」で済ませる。
これだけで、余計な自己反省ループから抜けやすくなる。まぁ簡単ではないから、悩むし、皆、大なり小なり悩んでるんだろね。
自分が悩んでる時って「世界でワタシ1人が悩んでるんじゃないか??」って錯覚してしまうよね。それもアルアルだからね。🦌と一緒だわ(不名誉か)笑
そしてふたつ目。
「『ありのままの自分でいいのよ!』をそのまま実行すると、“めっちゃ嫌な私”が完成の完成です🍖😱」
この言葉、優しいけれど扱いは少し難しい。
ありのままでいることと、感じたことをすべて外に出すことは、同じではない。
例えば、機嫌が悪いとき。「今日は機嫌悪いです」という状態をそのまま表に出した場合、周囲から見たらただの扱いづらい人になることもある。
でもだからこそ。
感情は否定しない。
でも、その扱い方は選ぶ。
「今ちょっとしんどいな」と自覚しつつ、それをどう外に出すかはコントロールする。
言い換えれば、感情に気づくことと、感情に支配されることは別物ということ。
この2つを、春の間は特に大切にしています。
ちなみに、ベストラボっていうか、天理って本当にいい人が多いんですよ。宗教とかそういうことではなくてね。
これは日々実感しています。
気遣いが自然にできる人、さりげなくフォローしてくれる人、「あ、この人いいな」と思う場面が普通にある。
ただ、それと自分のメンタルの状態は、やっぱり別問題。
どれだけ周囲に恵まれていても、自分の内側のコンディションは普通に揺れる。
「環境いいのにしんどいのはおかしい」と考え始めると、それはそれで別のしんどさが生まれる。
だからこそ、環境には感謝しつつ、自分の状態は切り分けて扱う。
これが、ちょうどいい距離感なんだと思います。
というわけで、2日目終了。
閲覧数4という現実を胸に、この日記は静かに続いていきます。
次は5を目指すのか、それとも4を守りにいくのか。
その戦略はまだ決まっていませんが、少なくとも、見てくれている誰かの0.7秒には応えられるように書いていこうと思います。
みんな応援してね📣

画像とブログの文章は全く関係ありません。昨日行ってきたロピアの「HUNGRY」見て、そやな、って思ったのでたまたま撮りました。





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