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ブログさぼってるのがバレた。

  • bestlabstation
  • 2月9日
  • 読了時間: 3分

最近、ブログを少しサボっていました。上司にバレました。


書かなあかんなあ、と思いながら、気づけば季節だけが先に進んでいて。天理の空気も、ちゃんと冬の顔になってきました。


朝の天理駅前は、吐く息が白くて、足早に改札へ向かう人たちの流れが、少しだけ静かです。年末年始に比べると観光の人は落ち着いた印象で、どちらかというと「いつもの天理」に戻ってきた感じがしていて。この“いつもの感じ”が、実はとても大事なんやろなあ、と最近よく思います。


商店街を歩くと、開いている店、閉めた店、その間に新しく入ったお店。大きな変化はないけれど、よく見ると少しずつ景色は入れ替わっていて。でも不思議と、歩くテンポは変わらない。この街は、急ぎすぎないスピードで生きている人が多い気がします。


天理教の本部周辺も、朝と夕方で表情が全然違います。

朝は空気が張っていて、掃き掃除の音がよく響いて。夕方になると、部活帰りの学生さんの声と、参拝を終えた人の静かな足音が混ざって、なんとも言えない安心感が漂います。


最近の天理は、派手なニュースがあるわけでもなく、「すごく元気です!」と言い切れるほどでもなく。でも、静かに踏ん張ってる感じは、確かにあるような気がしています。


私は仕事柄、いろんなお宅にお邪魔します。玄関を開けてもらった瞬間の、あの一拍の間。「寒かったやろ」「今日は風きついなぁ」そんな一言から始まる時間が、最近はより沁みます。

体調を崩しやすい季節で、利用者さんも、支えるご家族も、どこか少し疲れが見えることも増えてきました。それでも、「来てくれて助かったわ」と言ってもらえると、ああ、この街の中でちゃんと役に立てているんかな、と思ったりもします。


天理は、都会みたいに選択肢が多いわけでもなく、田舎ほど距離が近すぎるわけでもなく、そのちょうど間で、人との関係が続いていく街やなあと感じています。


最近よく思うのは、「便利さ」よりも、「顔が浮かぶ距離感」のほうが、この街では大事にされているんやろな、ということです。あの人の家の前、あの角を曲がったところ、あの小さな公園の横。地図じゃなく、記憶で道を覚えている人が多いのも、天理らしさかもしれません。


寒さのせいか、外に出るのが少し億劫になる日も増えてきました。それでも車で走っていると、洗濯物が干してあるベランダや、玄関先に並んだ植木鉢が目に入って、「あ、今日もこの家はいつも通りなんやな」と、勝手にほっとしたりしています。

最近の天理は、大きく変わってはいないけれど、静かに積み重なっている時間は、確実に増えていて。


私自身も、ちょっと立ち止まることが多くなった気がします。前みたいに勢いだけで走るより、一件一件の訪問のあとに、ほんの少しだけ振り返るようになりました。

この街で働いているということ。この街の生活の、ほんの一部分に関わっているということ。それは、思っているより重たくて、思っているより優しい役割なのかもしれません。

最近の天理は、少し寒くて、少し静かで、でもちゃんと人の気配があって。

派手さはないけれど、今日もそれぞれの暮らしが続いている、そんな“いつもの天理”が、今はとても愛おしく感じています。

サボっていたブログも、また、ぼちぼち書いていけたらいいかな、と。この街の空気を、忘れないように。


最近バレたってことは、上司もこれみてなかったんやん!!と思います。

生成AIで「さぼってる鹿を描いて」っていうとこんな画像になりました。
生成AIで「さぼってる鹿を描いて」っていうとこんな画像になりました。

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